誤嚥を防ぐための環境調整
今回は、自分が好きな嚥下の分野について紹介させて頂きます。
「嚥下だから言語聴覚士がやればいいじゃん。」と思っている理学療法士・作業療法士の方々はぜひ一読して頂きたいです。
誤嚥を防ぐための環境調整
機能回復が見込める人は確かに言語聴覚士の訓練で十分なことが多いですが、そうでない人はどうでしょう。
機能回復が見込めない人は誤嚥してしまうリスクがあるからご飯を食べれないのでしょうか。
僕はそうではないと思います。それは環境アプローチによって可能となるのです。
食事姿勢、食事動作、食形態の3つを総称したもの
食事姿勢
座位には2種類があります。機能的座位と安楽座位です。
機能的座位
これは主として作業性に優れています。食事を自力摂取する場合にも介助摂取する場合にも優れた姿勢です。
上肢の使用性のこと
安楽座位(リクライニング座位)
リクライニング座位です。この姿勢は、疲れにくく、安定性に優れています。
この姿勢は介助摂取には優れていますが、自力摂取には不向きです。
姿勢は左右対称!
抗重力筋の中で、姿勢の保持に関わる筋肉を姿勢(保持)筋といいます。これらは、中枢から収縮・弛緩を細かく制御を受け、身体の安定化を担っています。
姿勢筋は姿勢が崩れた場合に大きく作用します。つまり、左右の非対称な姿勢は姿勢筋の緊張を高めます。
姿勢筋の筋緊張亢進はスムーズな嚥下を阻害します。特に、背面筋の筋緊張亢進は喉頭の可動性を低下させます。
食事をする際のポイントは姿勢は左右対称に整えることです。簡略的に以下の4つを確認しましょう。
1.鼻・胸骨のラインは直線状にある?
2.両肩の高さは同じ?
3.骨盤の高さは同じ?
4.両ひざの高さは同じ?
頭頚部の位置
食事をする際の頭頚部は指4本分の屈曲位が好ましいです。人によって指の太さが違うと思いますが、簡易的な指標として使用してください。
頭頚部の姿勢のポイント
上記を含めた頭頚部の姿勢のポイントは以下の3つを抑えましょう。
1.頭部はへそを覗き込むように曲げる(頭部屈曲)
2.単純なあご引きをしない(頸部のみの伸展は厳禁)
3.計測位置は顎から胸骨まで指4本分
なぜ、指4本分なのか。については以下の論文を参考にして下さい。
chin downと呼ばれる全てのポジションで舌骨の移動距離は短縮しており,特に複合屈曲で顕著であった.下顎ー舌骨間距離の短縮の効果と考えられるが,舌骨の移動距離が短縮することは舌骨運動が小さくても嚥下が可能であることを示している.喉頭の位置が下降し大きな嚥下運動が必要な高齢者などではchin downすることにより嚥下運動の効率を上げることが可能と考えられる.頭部屈曲位でみられた舌根ー咽頭後壁間距離の短縮は,咽頭腔が狭くなることにより咽頭内圧・嚥下圧の増強に働くと考えられる.舌根部や咽頭の動きが低下している場合は頭部屈曲位などのchin downが有効と考えられる.逆に,頸部屈曲位においては舌根ー咽頭後壁間距離が拡大し,嚥下圧が低下する恐れがあり注意を要する.
引用:嚥下造影からみた摂食・嚥下の運動学-二次元動作解析ソフトを用いたVF画像解析-
食事を自力摂取するための環境調整
自力摂取の姿勢のポイントは以下の4つ押さえていきましょう。
1.頭頚部は屈曲位
2.足は必ず床につくようにする
3.膝は90°以下に曲げ、膝裏と椅子が衝突しないようにする。
4.骨盤を立てる
しばしば、ポイント3を見落とす人が多くいます。以下で、座位の調整方法について説明します。
座面の高さが低い場合の調整方法
この場合、大腿が座面に接地しない場合があります。座面への設置面積が広いほうが、圧分散に優れているので、姿勢保持筋の活動を抑えることができます。
「面で支えると安定し、点で支えると不安定になる」
この考え方はシーティングを行う上で重要なポイントとなるので押さえておきましょう。大腿部が浮いてしまう場合には、クッションを敷き、座面を上げることで解決できます。

不良姿勢の修正
座面の奥行きが長い場合の調整方法
この場合、膝の裏と椅子の端がぶつかってしまいます。
ここの圧迫により疼痛が生じます。そこで、お尻を前にずらして(仙骨座り)で疼痛を回避しようとします。
それをみたセラピストや看護師が姿勢を正そうと、元の姿勢に戻します。そしてまた疼痛が…。といったループに陥る場合がよくあります。
根本の原因(膝の裏と椅子の端がぶつかること)を解決しなければいけません。
図のように背面にクッションを挟み、奥行きを減らすことで、膝の裏と椅子の端がぶつからないようにしましょう。
施設・病院で使用しているテーブルと椅子の高さ
介護施設で使われているテーブルは170㎝の人に適切な高さになっていることが多いです。(テーブルの高さは約70~75㎝、椅子の高さは約42㎝が多いです。)
170㎝に満たない人やそれ以上の人…身長はさまざまです。以上のシーティングや足台を利用して、その人が余計な筋活動を起こさせない姿勢に変えていきましょう。
車いすでごはんを食べないほうがいい?
病院、施設、自宅などの場面で車いすで食事(自力摂取)をしている方はたくさんいます。結果から言うと、
あまり好ましくない!
絶対だめとは言いません。車いすに乗りながら食事をするならしっかりと調整をしてあげないと、ご飯を食べづらくなります!
車いすでご飯を食べるときに起こる問題
座角とフットサポート角度
「座角」と「フットサポート角度」とは、赤で囲った部分です。
「フットサポート角度」は絵を見たら分かりやすいですが、「座角」も前が少し上がっているんです。これらの構造は身体を後ろに傾け、安定させる役割があります。
しかし、身体が後方に倒れると、上肢は使いづらくなります。そのため、使いづらい上肢を固定してしまいます。
結果的に、顔でスプーンや箸で掴んだ食べ物を迎えに行きます。これは、頭頚部伸展位となり、誤嚥の危険性が上がってしまいます。
新幹線とか飛行機でシートをグイっと倒したまま、駅弁を食べますか?一旦、シートをもとに戻してから食べるのではないでしょうか。
スリングシートによる「たわみ」
車いすの座面は「スリングシート」と呼ばれます。キャンプで使うアウトドアチェアみたいなものです。
想像して欲しいのですが、普通の椅子より不安定な感じがしませんか?臀部の萎縮がある高齢者なら、なおさらです。
「たわみ」が大きいほど身体は不安定になり、姿勢保持筋の緊張が亢進します。
車いすで食事をするための環境調整
まずは、先ほど話した「自力摂取の姿勢のポイント4つ」を行いましょう。さらに以下の4つのポイントを押さえましょう。
1.フットレストから足を下ろす
2.アームサポートは外せるタイプであれば外して上肢の自由度を上げる
3.上肢は両側とも机上に置く
4.足が床につかないのであれば足台を使う
そして追加で2つの調整方法を話します。
「たわみ」の軽減
固めの板でシートの「たわみ」を軽減しましょう。
車いすのクッションの下に固めの敷物を入れます。これだけで、安定性はグッと上がるはずです。
バックサポートの調節
バックサポートの張りを調節しましょう。
バックサポートは上の写真の6つのベルトで調節できます。調整方法は利用者によって様々ですが、一部を紹介しようと思います。
1.骨盤上部にあたるベルト(上の写真だと上から4つめのベルトらへん)を締めて、骨盤を立て(前傾させ)る。
2.上部体幹は、身体の丸みに合わせて調節する(姿勢を矯正しようとして無理にきつく締めすぎないよう注意)。
注意点として、骨盤下部のベルト(上の写真だと上から5、6つめのベルトらへん)を締めすぎると、骨盤は後傾しやすくなり、「仙骨座り」を誘発します。
まとめ
車いすで食事を自力摂取するにあたって必要なことをまとめます。
1.フットサポートから足を下ろし、足がつかない場合は足台を使用する
2.上肢は両側とも机の上に置き、可能であればアームレストを外す
3.シートがたわんでいるならば、固めの敷物をクッションの下にいれる
4.バックシートの張り調節を行う
円背が強い人は…?
円背は猫背のことです。円背が強くて機能的座位をとれない方はたくさんいます。
そのような人に対するポジショニングについて考えていきましょう。
考え方
上記図は全て不良姿勢であり、円背の方は上記のいずれかのパターンに当てはまることが多いです。
何が不良姿勢なのかを考えてみましょう。
円背のポジショニング
円背の人のポジショニングのポイントです。
2.上の図の★の距離を補うようにバックサポートの張りを調整する。張りを緩めて背中を包み込むよう調整しましょう。
3.張り調節または柔らかく厚めのクッションを入れる。
これらのポイントの共通事項は、背中とバックサポートの接触面積を増やすことです。
先ほど話しましたように、接触面積を増やすと安定性が増します。
また、カットアウトテーブルを用いるのも1つの手段です。
クッションの有効活用
姿勢保持のためにクッションを用いるときのポイントを押さえておきましょう。
機能的座位にする
まず、崩れた姿勢を機能的座位の姿勢にします。姿勢が崩れたままクッションを入れないで下さい。不良姿勢を助長する可能性があります。
骨盤に対してクッションを使用する
骨盤を支えるつもりでクッションを差し込みましょう。クッションは上部体幹を支える目的ではありません。いくら上部体幹がクッションで固定されても、根元の骨盤が不安定では意味がありません。
側面からクッションで支えるときは両側に行う
両側からクッションで姿勢保持させましょう。片側だけのクッション挿入は、さらに姿勢を崩す原因になりかねません。
接触面積を多くしましょう。
前述したとおりです。接触面積が広いほど、身体は安定します。
おわりに
今回は、食事の環境アプローチの概論と自力摂取について話をしました。
摂食嚥下に理学療法士、作業療法士でも関わることができることを知って頂けたら幸いです。
次回は介助での食事の摂取方法についてお話しできたらと思います。最後まで読んで頂きありがとうございました。
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