備忘録 プッシャー現象とは?
はじめに
現在、私が担当している患者様で「プッシャー現象」が観察されていました。学校では学んできましたが臨床で出会うのは初めてです。(すいません。いかんせん臨床経験が浅いので…。)
国家試験では以下のように問われていましたね。
国家試験を思い出してみよう!
〇68歳の男性。脳梗塞による左片麻痺。発症後3か月時、腰掛座位において図のように右上下肢で接触面を強く押して左側に転倒する現象を認めた。座位バランス獲得のための理学療法で適切でないのはどれか。
- 鏡で姿勢の傾きを認知させる。
- 座面を上げて両下肢を浮かせる。
- 治療者が左側から繰り返し押し返す。
- 右上肢を前方のテーブルに乗せる。
- 点滴棒など垂直指標に体幹を合わせる。
〇75歳の男性。右視床出血による左片麻痺。発症後3週でブルンストローム法ステージ上肢Ⅱ・下肢Ⅲ。平行棒内立位で図のような症状がみられた。運動療法で適切でないのはどれか。
- 立位で治療者が左側から繰り返し押し返す。
- 座位でのバランス訓練を行う。
- 鏡を見せて立位保持訓練を行う。
- 健側下肢への体重負荷訓練を行う。
- 高い座面の椅子から立ち上がり訓練を行う。
国家試験に向けて勉強してきたので答えは覚えています。上の問題は3、下の問題は1ですね。(答えを覚えているだけなんて、今考えれば国家試験用の勉強でした。)
答えは分かっても臨床で活かせない?
「なぜ、それが誤った治療法なのか」を知らないから臨床で活かせないのを痛感しました。
今回は、勉強用としてプッシャー現象について学ぼうと思います。学生の方や、臨床を経験されている方もぜひ読んで頂きたい内容です。
プッシャー現象とは?
プッシャー現象は片麻痺患者がいわゆる健側肢で接触面を押して、正中軸を越えて麻痺側方向へ倒れる現象と言われています。
上の図のように平行棒を健側で掴ませると、麻痺側へ押し返す現象です。
左麻痺(ということは右半球の損傷ですね。)に多く、大半が半側空間無視(USN)を伴うと言われています。
右半球(特に頭頂葉)は空間認識のための機能が集中しているので、半側空間無視などの空間認識機能の障害が起こりやすいです。
最初の問題の図のように座位時のプッシャー現象は脳血管疾患で運動麻痺を呈する患者様の約4人に1人の割合で出現すると報告されています。
急性期に多く出現するとのことで、急性期におけるリハビリを進めるにあたっては介助量の増大を引き起こします。(私の病院は回復期ですが、今回担当した患者様が広範な範囲の出血で症状が重度で回復も遷延しているため、この現象が顕著に確認されました。)
この現象は積極的な機能練習への障害にもなるため、病態をしっかり学んで治療する必要がありますね。
しかし、プッシャー現象のメカニズムは解明されていないのが現状らしいです。
解明はされていないのですが、さまざまな先行研究がなされているので、まずはそれらを紹介させて頂きます。
プッシャー現象の原因と推測されるもの
早速ですが、文献を紹介します。
PB例に対する理学療法介入を検討するに際して,SVVの偏倚にみられるような外部中心座標系の空間認知の異常よりも,姿勢的(身体的)な垂直判断のような自己中心座標系の空間認知の異常(Karnath et al. 2000,Pérennou et al. 2008)を修正していくことに重点を置いた介入を選択していくことの重要性が示唆されたものと思われる。
辻本 直秀, 阿部 浩明, 大鹿糠 徹, 大橋 信義, 齊藤 麻梨子:自覚的視覚的垂直位の異常はpusher現象の重症度と相関するのか?
PBはプッシャー現象のことです。SVVは自覚的視覚的垂直認知のことです。
ヒトが重力環境下において、視覚・体性感覚・前庭系の情報を統合することで身体を垂直に定位すること
この垂直性は姿勢安定と安定性に関わる要因と重要視されているようです。
垂直性を認知する場合に方法は2つあります。
1.自覚的視覚的垂直認知(SVV)
2.身体的垂直認知(SPV)
Karnathらは、プッシャー症候群を呈する患者ではSVV偏位は小さいが、SPV偏位は大きいことを明らかにしました。
もうちょい詳しく書くと、開眼時の視覚的垂直認知は正立しているが閉眼時の身体的垂直認知が健側へ偏移していると報告しており、感覚モダリティによって垂直認知が異なることを明らかにしました。
プッシャー症候群を呈する患者は視覚的に垂直位を判断する能力は正常であるという見解でしょうかね。
そのためKarnathらは、Pusher症候群に対して視覚的垂直指標を提示する治療アプローチを提案したとのことです。
プッシャー現象の評価
前項でプッシャー現象がSPVの低下が原因だと推測されていることが分かりました。次に、プッシャー現象の評価を学んでいきましょう。
SCP(scale for contraversive pushing)
「プッシャー現象 評価」と検索すると、この評価が出てきました。
以下の3つの大項目を座位と立位の姿勢に分けて評価します。(つまり、観察するのは6つの姿勢ですね。)
自然な姿勢の対称性
傾きがひどく転倒する:1
転倒しないが大きく傾いている:0.75
軽度傾いている:0.25
傾いていない:0
非麻痺側上下肢の伸展
姿勢を保持している状態で押してしまう:1
動作に伴い押してしまう:0.5
押す現象はない:0
他動的な姿勢の矯正に対する抵抗
正中位へと修正すると抵抗する:1
抵抗しない:0
各項目で、座位の場合+立位の時の合計点を算出します。Bacciniらは各項目の各々の点数が0点を推奨しました。
つまり、「プッシャー現象ではない」と判断するためには、上記の項目を全て0点をらないといけません。
開発の経緯や信頼性については以下をご参照ください。
☞Scale for Contraversive Pushing (SCP)
アライメント評価
視診で評価します。座位で正中位とした際に健側の下腿(膝から下)の傾斜性(leg orientation)の有無や、肩甲骨や体幹・骨盤のアライメントの崩れの有無を見ましょう。
運動麻痺の程度、感覚障害、USNの評価
これらの症状が重症であるほど、プッシャー現象の消失が遷延します。これらの症状を評価して予後を予測しましょう。
半側空間無視の評価には、行動性無視検査日本版(Behavioural inattention test ;BIT)や線分抹消試験や線分二等分試験などがあります。
アプローチ法
非麻痺側身体の利用
轟らの介入では、脳卒中後平均5日後・プッシャー現象が発現してから平均16日後の患者に、非麻痺側側臥位から非麻痺側前腕支持・手支持での起き上がり動作に介助を加えて端座位を行い、その後車いすに移乗する方法を平均で6回実施しました。
その結果、基本動作の自立度の改善を認めました。
理由としては、非麻痺側側臥位から非麻痺側前腕支持・手支持での起き上がりという、連続的で且つ能動的な探索活動を通じた姿勢変換により、身体と支持面、そして抗重力姿勢との関係を知覚したと述べられています。
引用文献⇒重度のPusher現象を呈した片麻痺者への理学療法介入による基本動作の変化について
体性感覚の利用
Karnathらは、姿勢の認知的歪みを認識することや視覚的垂直認知と身体的垂直認知の関係性を認知し直立姿勢を学習することが重要であると述べています。
先ほども述べましたが視覚的な情報を使用したり、体性感覚を利用していくことがポイントとなります。
座位練習
再度、国家試験の画像を貼ります。
プッシャー現象に対する座位アプローチ
1.患側の臀部をタオル等で高くします。
2.上肢の押す力を抑制するために、テーブルに置きましょう。
3.患側への重心移動練習で感覚を入力していきましょう。
初期の練習ではベッドの高さを上げて、足が浮くようにしましょう。下肢の努力を排除して、まずは患側の骨盤を挙上することからアプローチです。
また、肩甲帯・体幹へのアプローチも効果的です。上図で患側の肩甲帯は下制・外転してますね。
私たちが徒手的に患者様の肩甲帯を挙上・肘関節を伸展・肩関節を外転と外旋方向へ誘導してあげてください。(麻痺側上肢によくみる屈曲パターンから逸脱させてあげましょう。)
立位・歩行練習
立位練習は患側の上肢・下肢が過剰に働かないように環境調整や抑制をかけながら、その姿勢をキープするのがポイントです。
歩行練習は難易度を下げるために、装具を積極的に使って下肢の筋の過剰運動を押さえましょう。
また、平行棒を高めに設定したり、杖を前方へ置いたりしましょう。押し返しが強い場合には上肢は一旦使わないように後方から押さえましょう。
書籍の紹介
300ページほどの大容量で、プッシャー現象について評価と治療法について記述されています。興味のある方は購入してみてはいかがですか。
おわりに
はじめて学ぶ用語や文献が盛りだくさんでした。
看護師さんや介護士さんも姿勢を矯正しようとして患側を無理矢理に押すのは止めてくださいね。プッシャー現象を助長させてしまいますよ。あなたが普通に立っているときにいきなり横から押されたら抵抗しますよね?それと同じです。
患者様は私たちから見た“崩れた姿勢”が“真っすぐ”だと思っているのだから。
臨床で出会う頻度は多いと思うので、あなたの臨床に役に立てればと思います。私も明日から生かしていこうと思います。最後まで読んで頂きありがとうございます。お疲れさまでした。
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