半側空間無視の原因と評価方法
半側空間無視は日常生活や社会復帰の妨げになる症状です。発症後1か月経過しても残存する場合は長期化すると言われています。
回復期に入院してくる方で半側空間無視の症状が出る方は、その症状が退院後まで残る場合も多くあります。
今回は、そんな半側空間無視の原因と評価方法について学んでいこうと思います。
概要
半側空間無視(unilateral-hemispatial-neglect;USN)
『大脳半球病巣と反対側の刺激に対して、発見して報告したり、反応したり、その方向を向いたりすることが障害される病態(Heilmanら(1993))』
『大脳病巣の反対側の空間に与えられた刺激に対して、感覚障害や運動障害では説明できないような反応の低下や欠如を示す現象』
と定義されています。

定義が曖昧ですね…。『説明できないような』って結局なんなんだ!

脳の機能に関する研究の報告は毎年行われおり、新しい知見も出てきています。それは、『半側空間無視は「注意ネットワーク症候群」として再考されており、受動的注意の低下が病態の根源である』とされています。
『受動的な注意』があれば『能動的な注意』もあります。
この内容については『リハアイデア』様のブログにて詳しく説明されていました。併せて読んでおくことをおススメします。

半側空間無視の病巣部位
出現頻度は右大脳半球損傷が多くを占めます(左大脳半球損傷での右無視の出現割合は0~38%)。つまり左半側空間無視となります。
右半球の障害で起こりやすい原因として、右半球の注意機能は両側の空間に関与しているためです。
仮に、左半球の損傷で右半側空間無視が出現したとしても、健側である右の大脳半球で代償してくれるため、症状として出現しにくいのです。【Kinsbourne(1970)の説】
責任病巣部位は頭頂葉と言われています。具体的には下頭頂小葉または、側頭・頭頂・後頭接合部と言われています。
Thiebaut de Schottenら(2007・2012)の報告では、『上側頭回や縁上回の刺激より、前頭葉と側頭葉を結ぶ連合線維を刺激した時の線分二等分のずれが大きい』ことや、『上縦束(superior longitudinal asciculus:SLF)の損傷が半側空間無視の発生に関与している』と報告しています。
つまり、前頭~頭頂葉ネットワークの機能結合の破綻が半側空間無視に関与していると述べています。
しかし、半側空間無視は前頭葉や皮質下の病変でも起こりうるので、臨床的には右半球の損傷ではUSNが出てきてもおかしくないと考えておいても良いでしょう。
半側空間無視の原因
なぜ半側空間無視が出現するのかというメカニズムは不明瞭なままですが、方向性の注意障害説や表像障害説が有力とされています。
方向性の注意障害説(directional hypokinesia)
Watsonら(1978)が半側無視のメカニズム説についてdirectional hypokinesia(以下DH)を提唱しています。
DHとは、病巣の対側に向かう運動活動の実行の低下およびその開始のためらいと定義されます。
注意の神経機構の仮説に、受動的注意と能動的注意が挙げられます。
- 受動的注意:腹側経路(中・下前頭回-下頭頂小葉-上側頭回)
自らを取り巻く環境刺激から空間に対する注意を誘発される受動的・刺激駆動型注意機能を担っており、意識下で誘発されることが前提条件です(日常生活動作に必要とされる注意機能)。
- 能動的注意:背側経路(前頭眼野-上頭頂小葉-頭頂間溝)
反対側視野に自ら意識を向け探索する能動的・目的・指向型注意機能を担っています。
BisiachらはDHの存在を以下の実験で明らかにしました。
ポインターを直接直線にそって動かし線分を2等分させる場合(A)
ポインターを間接的に(腕の方向とは逆に動くように設定)動かす場合(B)
(A)と(B)をそれぞれ検査した。
【予測1】DHが主であれば、(B)の場合には線分の中点より左側に印がつく。
【予測2】input系の方が影響が大きければ、(A)でも(B)でも中点より右側に印がつく。
【結果】15例中13例で(B)の場合のほうが(A)の場合より右側への偏りが少なかった。
【考察】半側無視ではDHが重要な要素であることを示している。
しかし、(B)で中点より左側に点をつける例はなかったことから、perceptual(知覚的)な要素も半側無視に関与していることを示している。
引用:半側空間無視の機序-表像障害説-を一部改変
また、Karnathら(1991)は、この方向性の注意は体幹に依存していると論じています。
また、杉本ら(1995)は、体幹の回旋をコントロールすることで半側空間無視(二等分線の左偏倚)が改善したことを報告しています。
表像障害説
Bisiachら(1988)は『患者は左側の外空間や自身の半身を認知しておらず、彼の意識の中で、表象は右側の半分に限られているのである』と述べています。
脳内の表象過程が空間や物体を意識にのぼらせるのに必要であり、さまざまな感覚情報や記憶の中の情報を用いてメンタルイメージを作る時の障害が半側無視の基本的な障害であるという考え方が表象障害説です。
1)ミラノの大聖堂のある広場を,大聖堂を正面にみて(大聖堂とは反対側の広場の一角から)記述するように求めた。次に2)大聖堂の扉の前に立ち,大聖堂の広場を記述するように求めた。1)と2)のどちらの検査でも結果は同じであった。
患者自身がよく知った情景を思いだして記述するとき,見る場所をある点に固定させた時もその反対側に立ったものとして記述させたときも,左側の記述に欠落が多いことが明らかとなった。
半側空間無視の症状の特性
課題依存性
私が以前担当していた脳損傷の患者様で、歩行は独歩で屋内外ともに自立、FIMも全項目6点~7点でしたが、自動車の運転のシュミレーションを行うと、左を見落とすような無視症状が現れたことがあります。
このように半側空間無視は課題の種類や難易度に依存する特性があります。
妨害刺激によって半側空間無視が出現した例を以下に示します。
『A』を見つけて印をつけるというシンプルな課題です。
上図の右上では、全てに印がついていますが、『A』以外のアルファベット(妨害刺激)が出現すると『A』を無視してしまいます。さらに妨害刺激の数が増えるに比例して無視する数も増えています。
姿勢変化と半側空間無視
視覚情報が姿勢の変化に悪影響を与えた例では、顔面や頭部の右への偏倚は閉眼することで正中に戻ることが知られています。
また、右空間に置かれた刺激に注意が一度でも向くと、そこから離れることが困難であるのも半側空間無視の特性の1つです。
重症度
重症なほど無視する範囲が拡大するのも半側空間無視の特徴です。
最重症例の左半側空間無視では、右の視野空間までもが無視の対象になってしまう報告もあります。
半側空間無視の評価
アプローチの前にきちんと評価を行いましょう。順番は以下に示します。
1.視野障害の有無を確認して、“その症状”が視野障害ではないことを明確にしましょう。
2.次に机上での検査を行います。
3.基本動作を観察し、半側空間無視がどのように影響しているか評価します。
4.日常生活場面での評価を行います。
先ほども述べましたが、半側空間無視は、課題の難易度に依存します。机上や基本動作では出現しないかもしれませんが日常生活動作になると無視が出現するケースもあるので、細かくADL動作を観察しましょう。
5.最後に、患者がどのタイミングで無視が現れるかを明らかにしましょう。
机上での課題
有名な検査ばかりです。方法は検査名を入力し、ネットで検索すると出てくると思います。
- 線分二等分試験
20㎝の線分を用いて、二等分してもらいます。
半側空間無視があると無視側と反対側に線分中点マークがずれます。ずれが1 cm以上右に偏れば無視ありとし、真の中心からマークまでの距離を線分の長さで割ってずれのパーセントを求めれば定量的にも表示できます。
- 線分抹消試験
40本の線分のうち何本消去できたかを評価します。1本でも抹消できずに残った場合を異常とします。この試験で誤りがあるかどうかで日常生活自立度に重要な意味を持つことが知られています。
- 模写試験
模写するものは左右非対称なものが好ましいとされています。
まず、普通に対象物を模写してもらい、次に左右逆転させて再度模写してもらいます。
もともと無視されていた左側の部分が、逆転した図にて右側に書き出される例では、視覚的手掛かりが有効ではなく、動作を遂行する課程で無視が起こっている可能性があります。
半側空間無視が知覚の過程で起こるのか、動作を遂行する課程で起こるのかではアプローチ法が変わってきます。
基本動作での評価
- 臥位・座位・立位
静的保持にて頭部の回旋や体幹の傾斜を観察し、異常姿勢・患側への重心偏倚(へんい)の有無を確認しましょう。
臥位では、顔面が健側を向いていたり、体幹がベッドの長軸に対して傾いたり、ベッド柵を健側上肢で掴み、健側への体幹回旋が起き、患側の肩関節が取り残された姿勢になっていることがあります。
また、座位・立位保持が困難な症例を多く見かけます。
重症例では患側後方に倒れたり、プッシャー現象を伴う場合もあります。

- 起き上がり・立位・歩行
麻痺側の反応の鈍さや消失、動作の移動方向が常に健側向きではないか確認しましょう。
立位・歩行があまりにも不安定な場合は、車椅子駆動で評価するのも良いかもしれません。
車いすの左側のブレーキ忘れや左足をフットレストに乗せない場面や、車いす駆動にて左側にぶつかりやすい様子があるかどうか観察しましょう。
ADL場面での評価
- 日本版行動性無視検査(BIT)
- Catherine Bergego Scale(CBS)
引用:半側空間無視
CBSは病態失認の評価としても用いられています。観察評価と自己評価のそれぞれで点数をつけ、その差を病態失認得点としています。
- ADL動作の観察
食事場面:向かって左側の物を食べ残していませんか?
更衣場面:服の上下左右を確かめずに着衣していませんか?右側側だけ着衣していませんか?
排泄:左側にあるトイレットペーパーを探すことができないかもしれません。
入浴:洗体時に左側の洗い残しがありませんか?入浴後、左側の吹き残しがありませんか?
半側空間無視の合併症と半盲との鑑別
半盲や半側空間無視では該当部位の存在に気付かないという事象が起こります。一見、同じ症状に見えるので、違いをはっきりさせておきましょう。
半盲は、眼球を固定(動かないように)したときの視野欠損のことです。
視野が欠損している認識があり、頭頸部を回旋させるなどの代償動作を行うことが容易に行えます。
半側空間無視は、眼球の動きを制限しないときの視野欠損です。
また、視野が欠損していることを否認するという病態失認の要素を伴います。
両者の診断は難しいです。半盲と無視を合併しているケースも存在します。
脳画像にて視放線の損傷の有無を確認したり、視野検査を行いましょう。
引用・参考文献・書籍の紹介
臨床の場で高次脳機能障害の症状のある患者様の介入に難渋する方も少なくなと思います
。高次脳機能障害を理解するためには脳の機能解剖を理解するのが手っ取り早いです。
以下の書籍では脳画像の読解方法や解剖について詳細に記載されています。
また、実際の理学療法アプローチについて徹底的に解説されています。脳血管疾患の患者様に治療を行う方には是非とも一読して欲しい一冊です。
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